845 (hashigo)/制作ユニット
Works

森のねずみのヤッタ一家

1. フラッタのおはなし


ある森の8本目の木の下にちいさなネズミの家族が住んでいました。お父さん、お母さん、そして元気な子供達が5人。名前をヤッタと言いました。ヤッタ一家の毎日は、それはそれは賑やかで、思いもしない出来事がたくさん起きるんです。小さな家の小さな家族の様子をちょっと覗いてみてみましょう。今日はどんなことが起こるかな。

1. フラッタのおはなし
 フラッタの話はじまり ヤッタの住んでいる森は、今日も穏やかな空気で包まれています。背の低い木を背の高い木が覆うかのように生い茂っている森は、日の光が地面まで届くこともなく、どこかひんやりしています。そんな森にもほんのり温かな風が吹く日がありました。長い時間のなかでほんの数回しか吹かない温かな風は、森の生き物たちに寒い寒い辛い季節の終わりを告げてくれるのでした。冷たい風が吹く通り道に茂った木々しか音を鳴らさない静かな森で、森の生き物たちは温かな風が吹くのを今か今かと待っていました。 ヤッタ一家の一番上の男の子のフラッタも、温かな風が吹くのを心待ちにしていました。小さな家の小さな隙間から吹いてくる些細な風の温度を確かめながら、まだ冷たいなと毎日指折り数えていました。冷たい日が多すぎて、両手の指を使っても足りず、足の指を使っても足りません。兄弟の手と足の指を借りて、ちょうど五人目の兄弟の手を借り終わったころ、冷たさが和らいだ気がしました。 「もうすぐ温かな風が吹きそう!」と、フラッタはワクワクしながら、森に散歩にいく準備をはじめました。ずっと心待ちにしていた温かな風が吹きそうなんですから、こんな嬉しいことはありません。フラッタは、手と足を綺麗に洗って、顔の毛並みを整えて、しっぽを小さな葉っぱで拭いて、鼻と耳をピクピクっと動かしました。これで準備万端、いつ温かな風が吹いてもすぐに出掛けられます。賑やかな森を想像しながら、温かな風が吹く時を小さな家の小さな隙間の前でじっと待ちました。それから少し経った頃、 「ひゅるるー。」小さな家の小さな隙間が小さな声で温かな風がきたよと教えてくれました。 耳を立てていたフラッタは、その小さな声を聞き逃しませんでした。声が聞こえるとすぐに小さな家から飛び出しました。 思った通り、温かな風が吹いた森はとても賑やかでした。木々は嬉しそう葉や枝を鳴らし、小鳥たちは今まで畳んでいた羽を、気持ちよさそうに大きく伸ばして羽ばたきました。地面では土がモコモコと動いて、モグラや小さな生き物がひょこっと顔をだし外の様子を伺って、すぐに土の中に戻りました。濃淡の違う小さな点々のような苔が地面や朽ちた木を這うように覆い、そこに小さな昆虫たちが潜むように佇んでいました。フラッタは、森の中の隅から隅まで目を配りながら、久しぶりに感じる生き生きとした空気をたくさん吸い込みました。しばらく歩いて進んでいくと、小さな友達たちが次々と挨拶をするかのように、フラッタの元へやってきました。フラッタは、その場で腰をおとすと、小さな友達たちとの時間をゆっくりと過ごしました。 「なんて素敵な日なんだろう。」と、のんびりとしていると、仲良しのちょうちょがフラッタのところへやってきました。ちょうちょは、ひらひらと羽を動かして、フラッタの周りをくるくると丸く飛び回った後”ついておいで”と森の奥へと飛んでいきました。ちょうちょは、どうやらフラッタを素敵な場所に案内してくれるようでした。ちょうちょの後を追いかけて、フラッタは森の奥へ奥へと歩いて行きました。 薄暗い森は奥へ行けば行くほどどんどん暗くなっていき、ちょうちょがどこまでいくのかとフラッタは少し不安になってきました。どんどん暗くなった森がパッと明るくなった時、ちょうちょが1箇所で止まりながらひらひらと羽ばたいていました。そこは、森の隙間にある小さな草原でした。森に穴をあけたかのように背の高い木々がなく、日がさんさんと降り注いでいました。フラッタがいつも見ている深い緑ではなく、鮮やかな明るい黄緑色の葉っぱが生えていました。 「なんて綺麗なところなんだ。」と、フラッタは驚きのあまり呆然と立ちすくしていると、柔らかい風が温かな優しい甘い匂いを運んできました。ちょうちょがフラッタの周りを飛び回り、草原の中へ案内すると草原には綺麗な野花が咲いていました。森では見たことのない花に、フラッタは興味津々。きれいな色をしているお花を少し揺らしてみたり、匂いをかいだり。鮮やかな野花に見惚れて、ずっと眺めていられました。野花もなんだか嬉しそうに風に吹かれてゆらゆらと揺れています。草原にいるとここが森の真ん中だということを忘れてしまいそうでした。ちょうちょも草原での時間を楽しんでいるフラッタをみて嬉しくなって、羽を大きく羽ばたかせながら、ひらひらふらりと草原を右へ左へ飛び回りました。フラッタは時間も忘れてここでずっと過ごしていたいと思いましたが、そういうわけにはいきません。森が真っ暗になる前に小さな家に帰ることにしました。フラッタはとても気に入った野花を家族や森の生き物に教えてあげたくて、花を一つ摘んでちょうちょに道案内をしてもらいながら帰りました。 家に帰ったフラッタは、今日みつけた草原の話を家族にして、花を大事にお部屋に飾りました。部屋はほんのり草原匂いがして、草原にいたときに感じた気持ちと同じ幸せな気持ちになりました。フラッタはその日から森の穴の草原のことを思いながら暮らしています。もう一度行けばいいのにとみなさんは思うでしょう。そう、フラッタももう一度行きたいと心の底からおもっているんです。でも森はとても広く、しかも同じような風景が続いているなかで看板もなければ目印があるわけでもありませんから、なかなか同じ場所に行き着くことはできません。それでもフラッタは今日もお散歩に出掛けています。いつかまた森の穴の草原に出会えることを信じて。 フラッタのお話おわり