845 (hashigo)/制作ユニット
Works

無口な風船売り

1. 森の中の家で

2. 街



 熊というとぬいぐるみのようなかわいらしい姿を想像しがち。だけど、実際に見ると中々の迫力で恐怖感が募る上に、目の前で立たれると襲われたら一溜まりもないなと思います。このお話は、そんな人間の熊への気持ちを知っているくまが主人公。人間に怖がられないように十分に気をつけている心優しい風船売りのくまと、風船が欲しくて近づきたいけど中々近づけない女の子。どうやったら2人は分かち合えるのでしょうか。
くまのお話のはじまりはじまり。

1. 森の中の家で
   コンコンコン。   森の中にあるくまの家のドアを叩く音がなり、ドアを開けると足元には贈り物が届いていた。くまは大きな体を揺らしながら贈り物を部屋に入れると、包装紙をビリビリっと破り箱の中身を確かめた。中には大きなスモークサーモンが入っていた。あまりにも美味しそうで美味しそうで、台所からナイフを持ってきて一切れ口に放り込んだ。あまりの美味しさにその手は止まらず、あっという間に大きなサーモンは跡形もなくなっていた。空っぽになった箱をじっと見つめるとなくなってしまった寂しさがこみあげてきた。   (もっと食べたい…。) 一晩中スモークサーモンについて考えた結果、辺りが明るくなったころサーモンを獲りに行くことにした。    川に着くとじっと水の中を覗き込む。小さな魚はいるけれど、うーん。サーモンらしき魚は見当たらない。太陽が沈むまでじっと、それはそれは時が止まってしまったかのようにじっと水面を見つめていたけれど、どうやらこの川にはサーモンはいないみたいだ。諦めて帰ったくまはこう考えた。自分で獲れないのなら、買いに行こう。 しかし、くまはお金を持っていなかった。少しも動かずに考えていると、ふとポストカードに目がいった。   (これだ!) くまはニヤリと笑ってポストカードを握りしめた。そこにはたくさんの風船が描かれていた。風船を売ろう。風船を売ったお金でたくさんスモークサーモンを買う。これがくまが考えた方法だった。   ” 風船を届けてください。” 急いで大切な人に手紙を書いた。  それからしばらくしたある暖かい日、朝ごはんを食べている時だった。コンコンコンとドアを叩く音がなった。くまはむくっと立ち上がると、待ってましたとワクワクしながら包みを部屋に入れた。ご飯を食べ終わると荷物をあけて、くまは大きな手で小さな風船に空気を入れて膨らませた。ひとつ、またひとつとかわいらしい風船が出来上がるのが楽しくて、あっという間に準備を終えた。あたりは薄暗くなり始めていた頃だったが、準備に疲れたくまはそのまま朝まで眠ってしまった。  
2.
すっきりとした気持ちで目覚めると (さあ、出かけることにしよう。) くまは準備した風船を片手に家を出た。くまは人間が熊を怖がることと人間に怖がられないための方法を知っていた。   1.人間の前では4つ足で歩かない。 2.走ってはいけない。 3.歯を見せない。 4.手を振り上げてはいけない。   この4つを守ってさえいれば、街で堂々と過ごせると教わったのだ。くまはこの教えを忠実に守って生きてきた。風船を売るときももちろんこの教えに従って、2つの足でゆったりと危なげなく街まで歩いて行った。数分歩くと小さな街にたどり着いた。 くまは何事もないかようにスタスタと街の中を歩き、ある黄色い屋根の家の前で止まった。   (ここで売ってみよう。) くまはじっと動かず、遠くを見つめながら風船を持ってただ立っていた。人々は何も疑問に思わずにくまの前を通り過ぎて行った。しばらくすると女の人の明るく弾んだ声で、  「ひとつ、くださいな。」と話し掛けれらた。くまは何も言わずひとつ風船を差し出して、お金を受け取るとゆっくりと会釈をした。  「よくできてるわねー」とクスクス笑いながら女の人は去って行った。  そんな時、小さな女の子がお金を握りしめ、クマのぬいぐるみを抱えて、くまの前までやってきた。くまは女の子のほうに目をやると女の子と目があった。女の子の顔はだんだんとくしゃくしゃになっていき、目から大粒の涙が溢れ落ちた。女の子はものすごい勢いでくまの前から走って行ってしまった。くまの足元には小さなクマのぬいぐるみが残されていた。くまは小さなクマのぬいぐるみを拾うと、そのままとぼとぼと家に向かって歩き始めた。一歩、また一歩とゆっくりと歩く後ろ姿はなんとも寂しそうで、くまの周りだけ静寂に包まれていた。