845 (hashigo)/制作ユニット
Works

旅鳥


ことの始まりは何十年も昔のある海で起こりました。それは天気の良い暑い夏の日。海は夏を満喫しようとする人で賑わっていました。浜はパラソルやシートでカラフルに彩られ、海は人々の頭の点々で埋め尽くされていました。そんな様子を空の上からカモメは優雅に見物していたのでした。カモメにはなぜ人々がこんなにも広い海で窮屈そうに遊んでいるのか理解できなかったので、面白がって見ていたのですが、上から見ているばかりでは人々の様子がよくわかりませんでした。カモメは思い切って人間の近くに行ってみることにしました。

だんだんと高度を下げ、近くの岩場に着くとカモメはじっと人間たちを観察しました。どうやら人間たちはおしゃべりが大好きなようで、いろんな話が聞こえてきました。やれ太っただの、あの子がどうしたこうしただの。カモメにとってはどうでも良い話ばかり。人間という生き物はなんとも暇な生き物なんだと呆れていると、小さな女の子の声が聞こえてきました。
「わぁー、すごい!」
その声は今まで聞いた人間の話声の中で一番キラキラしていて、とても幸せそうでした。カモメはパッと声のする方へ飛び立ちました。でも、浜は人々でごった返していたのでどの子があの幸せの声の持ち主かわかりません。いったい何がそんなにすごいのだろう。あんな幸せな声だったんだ。本当に素敵なものに違いない。カモメはそう思うと、カモメは必死に女の子を探しました。何時間も同じ海の上をぐるりぐるりと旋回し、小さな女の子の声に耳を澄ましました。でも、まだその声の持ち主は見つかりません。やがて日が落ち始め、人々は徐々に家路につき始めると、小さな女の子の姿は見当たらなくなりました。それでもカモメは、どうしても諦めきれませんでした。とにかくあの声を探さなくては。そう心に決めると、空高くへと上がって行きました。

その日からカモメはあの声を探す旅に出たのです。季節も関係なくあっちへ飛んで、こっちへ飛んでと世界中を飛び回っていたカモメはいつしか鳥たちから「旅鳥」と呼ばれるようになりました。旅鳥はあの声をもう一度聞くたくて、話しかけてくる鳥たちにあの声の素晴らしさを話してまわりました。旅鳥の話を聞いた鳥の中には自分も一度聞いてみたいと、旅を始めるものもいました。

こうして、世界には沢山の旅鳥が飛び続けているのです。素敵なあの声はいったいどこにあるのでしょう。旅鳥は今日もあの声を探してどこかの街にやってきています。もし、じっと静かに近づいてくる鳥がいたらあなたの声を聞かれているかもしれません。そんな時は飛びきり幸せな声で話してみましょう。心の澄んだ素敵な声はきっと旅鳥たちが探しているあの声なはずです。